ボクシング界における「静」と「動」——井上尚弥の歴史的勝利の裏側と、ヘビー級ベテラン対決の行方

ボクシング界では今、軽量級と重量級それぞれで注目すべき動きが起きている。スーパーバンタム級において前人未踏の領域へ足を踏み入れた日本の怪物、井上尚弥。そしてヘビー級戦線で生き残りをかけるデオンテイ・ワイルダーとデレック・チゾラ。これら二つのトピックは、リング上のパフォーマンスがいかに精神状態や年齢という不可視の要素に左右されるかを浮き彫りにしている。

井上尚弥、単独史上最多27連勝の陰にあった「盤外戦」

スーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥が、アラン・ピカソを下して6度目の防衛に成功した。この勝利により、彼は世界戦27連勝という単独史上最多記録を樹立した。しかし、父でありトレーナーの真吾氏によれば、その試合内容は決して手放しで喜べるものではなかったようだ。ピカソ戦では、井上の代名詞とも言える鋭いカウンターが影を潜めていたからだ。真吾氏はその理由について、「冷静な尚弥だったら出ていたパンチが出なかった」と分析し、その背景には試合直前の予期せぬトラブルがあったことを明かした。

サウジの快適な環境と、控室での混乱

サウジアラビアで開催された今回の興行だが、現地の環境自体は非常に良好だったという。真吾氏は「温度設定も適切で、ラスベガスのような乾燥もなく、日本と変わらない感覚で過ごせた」と振り返る。対戦相手のピカソについても、事前の映像分析通り、ガードが堅く、打ち合いになれば即座に応戦してくる選手であったと評価した。

しかし、問題はリングの外で起きた。試合前のバンデージチェックを巡り、陣営は極度のストレスに晒されていたのだ。「なんなんだよ!」と思わず声を荒らげたくなるような状況だったと真吾氏は語る。本来であれば試合に向けて集中力を高めるべき時間帯に、コミッション側から理不尽な指摘が相次いだのである。

言語の壁とコミッションへの不信感

最大の障害となったのは「言葉の壁」だった。通訳を介しても意思疎通がスムーズにいかず、真吾氏の苛立ちは募るばかりだった。前日のルールミーティングで合意したはずの内容が、当日になって突然覆されたのだ。「ルールミーティングにいなかった人間が、ああだこうだと言い出した。コミッションなら組織としてしっかりルールを固めておくべきだ」と、真吾氏は運営側の不手際を厳しく批判した。

試合を成立させるために日本側が歩み寄る姿勢を見せたものの、こうした「無理難題」が続くようであれば、今後は毅然とした対応も辞さない構えだ。「こちらが折れる必要はこれっぽっちもない」と断言する真吾氏は、次戦以降、ボクシングに精通した独自の通訳を帯同させる必要性を痛感しているという。隣の控室からの騒音も相まって、井上の心は乱され、それが試合中の「荒っぽさ」につながってしまったことは想像に難くない。

ロンドンで激突するヘビー級の巨星たち

一方、視線を海外の重量級に向けると、こちらも興味深いマッチメイクが進行している。4月4日、ロンドンで開催される「Misfits Pro」と「クイーンズベリー」の合同興行において、元世界王者デオンテイ・ワイルダーと、歴戦の強者デレック・チゾラの対戦が決定した。奇しくも両者にとって、これがプロ50戦目の節目となる。

かつてオレクサンドル・ウシクとの対戦も噂された「ブロンズ・ボンバー」ことワイルダーだが、現在の立ち位置は大きく変化した。ジョセフ・パーカー、チャン・ジレイに連敗を喫し、6月のタイレル・ハーンドン戦では勝利したものの7回まで長引く凡戦を演じた。パーカー戦で見せた手数の少なさは、彼の代名詞である破壊的な右ストレートが鳴りを潜めたことを印象付けた。

デイブ・アレンが予言する「早期決着」

この一戦に対し、英国のヘビー級ボクサー、デイブ・アレンは辛辣かつ大胆な予想を展開している。アレンは自身のYouTubeチャンネルで、「ワイルダーにはもう何も残っていない」と断言した。

一般的に、パンチャーであるワイルダーにとって、前進してくるチゾラは相性が良いとされる。しかしアレンの見立ては異なる。「以前のワイルダーならスピードと意欲があり、チゾラを仕留めていただろう。だが今の彼は、もう引き金を引くことができない」と指摘する。

チゾラは42歳という年齢ながら、ジェラルド・ワシントン、ジョー・ジョイス、オットー・ワリン相手に3連勝中であり、アレンは「今の段階では、チゾラの方がワイルダーよりも多くのものを残している」と分析する。かつてヘビー級を震え上がらせたワイルダーが、逆にチゾラによって早いラウンドで沈められる——アレンはそんな結末を予測しているのだ。

日本が誇る王者が精神的な乱れと戦いながら記録を更新する一方で、かつてのヘビー級王者は自身の衰えという現実と向き合いながらリングに上がる。場所や階級は違えど、ボクサーたちは常に目に見えない敵とも戦い続けている。

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